本年度ベルリン国際映画祭コンペティション部門で最高賞の金熊賞を受賞した日仏共同製作によるニコラ・フィリベール監督最新作『アダマン号に乗って』がヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかで全国公開中。このたび、二コラ・フィリベール監督が公開に合わせて来日しました。
ニコラ・フィリベール監督、リンダ•カリーヌ•ドゥ•ジテール プロジェクト・マネージャー 公開直前記者会見
公開前の4月27日には、ニコラ・フィリベール監督とリンダ•カリーヌ•ドゥ•ジテール プロジェクト・アドバイザーが記者会見に応じました。
フランスでは、つい先日一般公開されたばかりですが、初日に4万2000人を動員するという異例の大ヒットを記録。ニコラ監督はそんなフランスでの状況について次のようにコメントしています。
「ドキュメンタリー映画にこれほどのお客さんが映画館に足を運んでくれているのはとても嬉しいことです。さらに精神科医料をテーマに扱っているという二重のハンディキャップがある中で、この成績はとてもありがたいことです」
ベルリン国際映画祭でドキュメンタリー作品が金熊賞を受賞したのは本作が史上2作目。ニコラ監督は金熊賞を受賞した時の思いを振り返り、次のように語ります。
「ドキュメンタリー映画がコンペティション部門に選出されること自体、なかなかないことです。そんな中で最高賞を受賞したことはまさかの驚きでしたが、私自身の喜びと同時に、ドキュメンタリーというジャンルそのものが認められたのだと、とても嬉しく思いました。また現在のフランスにおいて、精神科医療は非常に苦しんでいる状況です。そんな時期にこの金熊賞をいただけたということは、人間の健康をもっとケアしようという機会につながるのではと嬉しく思っています」
続いて話題はニコラ監督の撮影スタイルについて語りました。
「私の撮影スタイルは、映画学校で教えられるようなこととは真逆だと思います。できるだけ事前に準備はせず、偶然に身を任せて対象への興味・欲望を大切にします。出会いの幸福感を享受しているのです。これまでのドキュメンタリー映画を通して本当にたくさんの出会いがありました。私がアダマン号に出会ったように、観客の人たちにも映画を通じていろんなことに出会い、感動を味わってほしい。そのことで彼らを知ることができますし、それが観客の皆さん自分自身を知ることにつながると信じています。また、カメラの存在自体が相手にプレッシャーをかけてしまうものです。決して撮影を強要せず、自由に『嫌だ』と言えるような環境づくりを心がけています。本作は精神医療の場でしたから尚更ですね」
実はニコラ監督にアダマン号の存在を伝えたのは、臨床心理士でアダマン号の創設にも携わり、現在アダマン号で働くリンダ•カリーヌ•ドゥ•ジテール(臨床心理士/プロジェクト・アドバイザー)でした。映画のプロジェクトが立ち上がる際や撮影中、そして編集に至るまで、ニコラ監督とリンダで何度も意見を交換し合ったそう。
フランス国家の支援についてリンダは次のようにコメントしています。
「アダマン号は公的医療機関なので国のお金で運営されているのですが、今の世界はだんだんと効率重視、数字重視になってきているので、精神医療の支援は低下傾向にあります。人間的な精神科医療を継続することが難しくなっているのです。(しかし)撮影があったことで、アダマン号全体がとても生き生きとしました。スタッフはやりがいを感じながら協力してくれましたし、患者の方々にもとても良い影響があったのではないかと思っています。映画の完成後には上映会やティーチインも行いました」
最後にパリの中心地セーヌ川に“浮かぶ”「アダマン号」の存在について、ニコラ監督はこう語りました。
「船に通う人たちも、船のようにふらふらと浮かぶ存在だと思っています。そして水の存在はとても重要です。セーヌ川は日によってその色を変えます。そんな水を見ているだけで、何か催眠術にかかったような夢見ごごちにさせてくれるのです。建築物としての美しさも相まって、人の気持ちを穏やかにさせてくれるんです」
ニコラ・フィリベール監督、内田也哉子が初日舞台挨拶
公開初日には、エッセイストの内田也哉子とともに舞台挨拶を行いました。
内田はニコラ監督に花束を渡しながら、フランス語でお祝いの言葉を贈ります。
「本日は『アダマン号に乗って』日本公開おめでとうございます!そして、ベルリン国際映画祭の最高賞、金熊賞の受賞も本当におめでとうございます。ドキュメンタリー映画としては本当に快挙だと思います。日本でもたくさんの人にご覧になっていただけると思います。素晴らしい作品をありがとうございました。『ぼくの好きな先生』からもう20年も経つのですね。あの作品に出会った時も静かな衝撃を受けたのですが、本作もカメラの前なのに人々が本当に自然に溶け込んでいて、でも監督の作家性もあって、なんていう稀有な作品だろうと思いました」
そしてニコラ監督へ「ドキュメンタリー作品を撮る情熱、醍醐味はどのようなものでしょうか。」と質問を投げかけます。すると、次のように答えました。
「ドキュメンタリーを撮ることは、僕にとっては他者に出会うことであり、世界と出会うことでもあります。そして他者について学ぶことであり、自分について学ぶことでもあるんです。フランスではドキュメンタリーというジャンルは本当の意味での“映画”ではなく、ジャーナリスティックなものとして過小評価されている部分があります。もちろん、そういった報道的なドキュメンタリーもあります。しかし僕自身はドキュメンタリーは映画そのものだと思っているので、ドキュメンタリーに対する考えが少しでも変わっていけばと思っています」
内田はさらに語りかけます。
「世界でも稀に見るおとぎ話のような本当の話ですよね。日常を切り取ったドキュメンタリー作品でありながら、監督がまるでお坊さんのように禅問答をされている。それに私たち観客も一緒にたゆたう感じ。きっと映画を見終わって、波が打ち寄せるように思いを巡らせることができる作品だと思います。素晴らしい作品をこの世に誕生させてくれてありがとうございます」
するとニコラ監督は応じます。
「おとぎ話のような作品とおっしゃってくださいましたが、アダマン号はおとぎ話ではなく、現実に存在する場所なんですよね。ただ精神医学の場所として、決して代表的な場所なわけではないんです。フランスの精神科医療の現場は制度から見捨てられてしまったような、あまりいい状態ではありません。でもそれに抵抗する人たちがいる。それがアダマン号にいる人たちなんです。精神疾患を持つ人たちに対して、私たちは不信感を持ってしまいがちです。でも彼らは人間としてきちんと存在している。感受性が強くて、少しか弱い、それこそが私たちとの共通項であり、だからこそ私たちの胸を打つんだと思います。彼らも私たちと同じ人類の一部なんです」
最後に、ニコラ監督は日本の観客たちに向け「この映画を気に入ってくださることを心から願っています。そしてこの作品を好きだなと思ったら、ぜひお近くの方にも勧めてくださったら嬉しいです」とアピールしました。
精神科医療の「奇跡」の現場
舞台は、パリの中心地・セーヌ川に浮かぶ木造建築の船。ユニークなデイケアセンター「アダマン号」。精神疾患のある人々を迎え入れ、文化活動を通じて彼らの支えとなる時間と空間を提供し、社会と再びつながりを持てるようサポートをしています。
運営するのは、精神科医療の世界で起こる“質の低下”や“非人間化”の波にできる限り抵抗しようとするチーム。患者もスタッフも区別なく、誰しもにとって生き生きと魅力的なこの場所を監督は「奇跡」と呼んで、ここにやってくる人たちに寄り添い、優しい眼差しで捉え見つめ続けています。
『アダマン号に乗って』は、4月28日より公開中。
[作品情報]
『アダマン号に乗って』
原題:Sur L’Adamant
監督:ニコラ・フィリベール
2022年/フランス・日本/フランス語/109分/アメリカンビスタ/カラー
日本語字幕:原田りえ
共同製作・配給:ロングライド
協力:ユニフランス
© TS Productions, France 3 Cinéma, Longride – 2022