重厚な人間ドラマ『せかいのおきく』公開直前!東大農学部で上映会と講演会を開催

『せかいのおきく』4月28日公開

主演・黒木華、共演・寛一郎、池松壮亮ほかで送る、阪本順治監督の最新作『せかいのおきく』が4月28日(金)に全国公開されます。

 

本作は、糞尿を肥料として農業に用いるなど、サーキュラーエコノミー(循環型経済)の最先端にあった江戸時代を背景に描きます。

 

優れた邦画としても隙のない本作ですが、古着や排泄物まで徹底的にリサイクルしていた江戸時代から学ぶこと、未来の目指すべき「循環型社会」について考える良い機会になります。

近代化に伴うバイオエコノミー社会の解体〜東大農学部で講演

4月12日には、弥生キャンパス弥生講堂一条ホールで、本作バイオエコノミー監修者の五十嵐圭日子教授が所属する東京大学大学院農学生命科学研究科One Earth Guardians育成プログラムの主催で『せかいのおきく』上映会と講演会が実施されました。

 

講演会に登壇したのは、松本武祝東京大学大学院農学生命科学研究科教授、五十嵐圭日子東京大学大学院農学生命科学研究科教授のほか、『せかいのおきく』企画・プロデューサーの原田満生。

講演会は、松本教授の講義でスタート。松本教授自身は1960年生まれで、『検便」や「ぽっとん便所」を福島の実家で体験したという。

 

映画ではあちこちの便所を回って屎尿を回収、肥料の原料として対価を得ていたことが描かれています。その裏付けとして、江戸時代の日本の農業社会が世界でも有数の循環型社会を実現していたことを挙げてくれました。

 

「1876年にリービッヒが著した『化学の農業および生理学への応用』には、マロンという科学者の報告を引用し『中国と日本の農業の基本は、土壌から収穫物に持ち出した全植物養分を完全に償還することにある』との記述があります。一方イギリスでは、『大都市における水洗便所の導入が、350万人の人間の食料を再生産できる諸条件を毎年一方的に失う、という結果をもたらし』たのです。もっとも、当時の日本には、畜産業が欠落していたこと、資本主義による産業化・都市化が到来していなかったことが背景にあります」

 

本作では、武家屋敷や長屋大家から出た屎尿を回収し、船や荷車で豪農らへ販売する流通担当者が描かれています。

 

「物語に出てくるイジワルな庄屋は、請負・下請あたりでしょう」(松本教授)

 

1900年(明治33年)に汚物掃除法が施行されると、糞尿は「商品」でなく、汚物処理のための「廃棄物」へと変わります。

 

「近代資本主義がもたらしたのは、“理念としての”自由と平等、職業選択の自由・移動の自由、賃労働環境、“形式上は”対等な主体間の契約関係、そして産業化・都市化による物質循環の解体でした」

 

さて、サムライの娘・おきくと、屎尿の運び屋・中次の恋は成就したのでしょうか?

「トリッキーなことは何もやっていません」

続いて行われた対談では、本作のバイオエコノミーの監修をした五十嵐教授の司会進行でスタートしました。

 

冒頭、原田は次のように語りました。

 

「ロッテルダムで上映したときは大きなスクリーンでしたので、役者さんたちの細かい表情までよくわかりました。海外でのリアクションは全然違いますね、悲鳴でした」

 

本作はほぼ全編モノクロームにした狙いについては次のように明かします。

 

「トリッキーなことは何もやっていない、人間ドラマです。でも、ふつうはできないことをやりたかった。モノクロは集客が下がるから企画が通らないんです。カラーは情報がありすぎるのですが、モノクロームだと観客は見入ってしまう。見えないものまで見えてくるように。海外では、観客に『臭ってきた』と言われました。『音がホラー』とも言われましたね」

 

画角もスタンダード。

 

「スタンダードサイズは、昔の映画へのリスペクト。『人情紙風船』のオマージュですが、これも絶対企画が通らない。若い役者さんがやることで、クラシックがファッショナブルになるんです」

 

本作は黒木華ら著名な俳優が出演していることについては、次のように明かします。

 

「そもそも長編映画を作れるような予算がなく、著名な俳優が出演しないとお金が集まらないんです。しかも、映画もプロジェクトの内容も、公開先も不明という中、あるのは熱意だけでした」

 

原田をそこまで突き動かしたのは、4年前に大病を患い生死を彷徨ったこと、コロナでエンタメ業界が総崩れした経験があったからだそう。

 

ちょうどそのころ、バイオエコノミーを認知させようとしている五十嵐教授と出会い、「そもそもそれ、一般庶民に伝わってない」と考えた原田は、残りの人生をその活動に捧げたいと思ったと振り返ります。

 

原田と話した五十嵐教授は、当時を次のように振り返っています。

 

「コロナが流行し始めてすぐの頃でした。学者論文を発表しても、同じような仲間うちで話を繰り返しても広がらないというもどかしさがありました。原田さんと話して、“フツーの”映画のなかに、エッセンスがちりばめられている、それが大切。学者にはできない、“見せ方”に驚きました」

 

原田が言うように、近年の方がドラマには漫画原作の作品が多い中、本作のような重厚な人間ドラマに裏付けされた青春映画が世に出ることは喜ばしいことです。ぜひ劇場ないしU-NEXTの配信をご家庭の大画面ホームシアターで楽しんでいただきたいと思います。

 

[作品情報]

『せかいのおきく』

日本が世界の渦に巻き込まれていく江戸末期。寺子屋で子供たちに読み書きを教えている主人公おきく(黒木華)は、ある雨の日、厠のひさしの下で雨宿りをしていた紙屑拾いの中次(寛一郎)と下肥買いの矢亮(池松壮亮)に出会います。武家育ちでありながら今は貧乏長屋で質素な生活を送るおきくと、古紙や糞尿を売り買いする最下層の仕事につく中次と矢亮。侘しく辛い人生を懸命に生きる三人はやがて心を通わせていくも、ある悲惨な出来事に巻き込まれたおきくは、喉を切られ、声を失ってしまいます...。

 

脚本・監督:阪本順治 

出演:黒木華、寛一郎、池松壮亮ほか 

配給:東京テアトル/リトルモア/U-NEXT 

4月28日全国公開

URL: sekainookiku.jp 

公式 Twitter アカウント: @okiku_movie